2009年03月16日

十日恵比須神社

十日恵比須神社(とおかえびすじんじゃ)は、福岡県福岡市博多区にある神社である。事代主命(恵比須神)・大国主命(大黒神)を祀る。

歴史
社伝によれば、香椎宮大宮司家の武内五右衛門(平十郎)は分家して「神屋」と号して博多で商売を営んでいたが、天正19年(1591年)1月3日、香椎宮・筥崎宮を参拝したとき、香椎浜に流れついた恵比須神の神像2体を得た。それを自宅に持ち帰って祀ったところ家運が隆盛。翌年の文禄元年(1592年)1月10日、平十郎が神像を拾い上げた場所に社殿を設けた。そののち元和元年(1681年)11月15日、四代目平十郎が創建90年にあたって千代の崇福寺境内に社殿を再建する。
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2009年01月31日

五穀神社

五穀神社
所在地 福岡県久留米市通外町58番地
位置 北緯33度18分58秒
東経130度31分34秒
主祭神 豊宇気比売神
創建 寛延2年(1749年)5月23日
例祭 10月15日
表・話・編・歴
五穀神社(ごこくじんじゃ)は福岡県久留米市通外町58番地にある神社。豊宇気比売神(とようけひめのかみ)を主祭神とし、相殿に稲次因幡正誠公(いなつぎいなばまさざねこう)を祀る。東芝の創業者である田中久重ゆかりの神社である。神社本庁包括の神社。

境内の一角にある「郷学の森」には久留米市出身の著名人6人(井上伝・田中久重・倉田泰蔵・石橋正二郎・石橋徳次郎・楢橋渡)の胸像が設置されている。
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2009年01月22日

大富神社(おおとみじんじゃ

大富神社(おおとみじんじゃ)は、福岡県豊前市(旧豊前国)にある神社である。旧社格は県社で、神社本庁の別表神社。

祭神
住吉大神・宗像大神・八幡大神を祀る。

歴史
現在は、大富神社と称するが、古来は宗像八幡社とも称され、大富神社神輿の古い鏡には大富ノ神とも宗像ノ神とも記されているという。はじめ、真早という者が宗像三女神の神託が下されたのに始まり、宗像神社宝鏡記によると白鳳元年(671年)、山田庄長横武某に住吉大神・八幡大神の神託が祀ったという。 社伝によると、崇神天皇の時代、この地で疫病が流行したが、国主が当社神主に祈祷させると速やかに治まったという。延喜式神名帳の記載はないが、日本三代実録の貞観2年(860年)10月3日条には豊前国大富神に従五位下を授くとある(式外社)。

当地(山田庄)には平安末期頃、宇佐神宮の弥勒寺(神宮寺)があり、宇佐神宮との関係が深い。境内には、古来宇佐宮への勅使がこの地に宿泊する際に水を汲んで供した「勅使井」と呼ばれる井戸があり、現在でも神職が宇佐宮にこの井戸の水(御神水)を持参している。
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2009年01月15日

高良大社

高良大社


所在地 福岡県久留米市御井町1番地
主祭神 正殿:高良玉垂命

高良大社(こうらたいしゃ)は、福岡県久留米市の高良山にある神社。古くは高良玉垂命神社、高良玉垂宮などとも呼ばれた。ご祭神論争でも有名で、武内宿禰説や藤大臣説、月神説など諸説ある。古えより筑紫の国魂と仰がれ、筑後一円はもとより、肥前にも有明海に近い地域を中心に篤い信仰圏が見られる。厄年の厄ばらい・厄除け開運・延命長寿・現代では交通安全のご利益でも名高い。また芸能の神としての信仰もある。
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2009年01月07日

王城神社

王城神社(おうぎじんじゃ)は、福岡県太宰府市にある神社。
祭神は事代主神(ことしろぬしのみこと)。末社に早馬(はゆま)神社がある。

歴史
王城神社縁起(江戸時代寛政年間)によれば、神武天皇が四王寺山(王城山、大野山)に城を築いた際に、山中に武甕槌命(みかづちのみこと)と事代主命をまつったことに由来するとされる。その後665年、大野城築城に際し、現在の太宰府市通古賀の地に遷されたとされる。

行事
真魚箸神事(まなばししんじ)

毎年11月の第1もしくは第2日曜日に行われる宮座(供物を献じて神とともに豊作を祝う祭り)において行われる。
真魚箸神事は、神前において供物の鯛を、真魚箸を用いて鯛に手を触れることなく、調理する儀式であり、このような調理法は、古くは神前に捧げる供物の調理法として、盛んに行われていたと考えられる。

筑前国衙
本社の所在地である太宰府市通古賀に筑前国衙が存在したとの説が古くからあり(筑前国続風土記拾遺等)、国衙の存在を推定させるものとして、本社横の王城館の前に、礎石が残されている。これらのことから、本社は、筑前国衙鎮守のような位置づけであったとも考えられている。

所在地
太宰府市通古賀五丁目
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2008年12月18日

榎社

榎社

所在地 福岡県太宰府市朱雀六丁目
主祭神 浄妙尼
創建 1023年
表・話・編・歴
榎社(えのきしゃ、別称:榎寺)は、太宰府天満宮境内飛地にあり、菅原道真が、901年(昌泰4年・延喜元年)大宰府に左遷されてから903年(延喜3年)逝去されるまで謫居された跡で、当時、府の南館であったといわれる。


[編集] 概要
1023年(治安3年)、大宰大弐藤原惟憲(だざいのだいに・ふじわらのこれのり)が菅公の霊を弔うために浄妙院を建立したのが始まりで、境内に榎の大樹があったのでいつしか榎寺(えのきでら)と呼ばれるようになった。

太宰府天満宮の神幸祭(通称どんかん祭り)で菅公の神輿が雅やかな行列とともにこの社に下り、御旅所で一夜を過ごす9月22日の夜、ふだん人気のない社は、年に一度の賑わいをみせる。御旅所の後ろに小さい祠があって、神輿はまずその前に行き宮司が奉幣する。この祠に祀られているのが、菅公を日夜お世話された浄妙尼(もろ尼御前)である。

榎社は、所在地名は太宰府市朱雀であり、その地名のとおり大宰府政庁跡のちょうど南に位置している。鳥居の近くには西鉄天神大牟田線が走り、南に西鉄二日市駅、北に二日市カトリック幼稚園、筑陽学園中学・高等学校がある。
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2008年12月13日

警固神社

天神バスセンターの裏手にあり、都会のオアシスとなっている警固神社。
祭神は神直日神(かむなほひのかみ)、大直日神(おほなほひのかみ)、八十禍津日神(やそまがつひのかみ)の三神です。 この神社の建立のはじまりは、西暦200年頃に神功皇后が新羅親征(しんせい)のおり鎮護(ちんご)の神として福崎(市内中央区)に祭ったといわれています。
その後、初代藩主黒田長政は慶長7年(1602)長男忠之が生まれると、その産生神(うぶすながみ)として崇敬し、ひとたび警固村(市内中央区)の山上に移したが、一般の参詣を容易にするため、慶長13年(1608)に現在地に移されたものです。
なお、境内にはお稲荷さんの「今益神社」や裁縫針の供養塔である「針乃碑」などがあります
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2008年12月05日

愛宕神社

日本三大愛宕の一つである福岡の愛宕神社は市営地下鉄室見駅から徒歩15

分、室見川の傍の丘(標高60m)の頂上にあります。

寛永10年(1633)福岡藩2代藩主黒田忠之(ただゆき)が、山城国愛宕神社の分

霊を祀ったのが始まりといい、禁煙、禁酒その他の禁断の神として有名だそうです。

江戸初期には愛宕権現と呼ばれ、「猪野にゃ七度、香椎にゃ三度、愛宕さまに

は月参り」と歌われ親しまれていた。また、連歌師宗祇もこの辺りの景色を誉め

ています。この社殿のある地は蒙古襲来後に北条時宗によって築かれた鷲尾城

跡で、ここからは能古島や志賀島、近くのももち浜のが良く見えます。

「愛宕桜祭り」「愛宕七夕祭り」「ほおづき夏祭り」と風物詩が多く、火渡り神事の

「火祭り大柴燈護摩供」で知られているそうです。初詣は毎年70万人もの人出で

賑わうそうです。鎌倉・室町時代の奉行所である「鎮西探題」「九州探題」が置か

れていたところとされているそうです。

とても見晴らしが良く、ずっと眺めていたいような感じでした。

福岡市西区愛宕2-7-1
アクセス 地下鉄空港線 室見駅より徒歩8分
西鉄バス 愛宕下より徒歩4分
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2008年12月02日

高祖神社

高祖神社は彦火々出見尊を主座に、左座に玉依姫命、右座に息長足比女命の三柱をお祀りする神社で、いま創建の時を詳かに出来ないが、九州諸将軍記には「神代より鎮座あり神功皇后、三韓より凱旋の後、当社の社殿を乾の方に向け御建立」と記されている。
この機縁で神功皇后を相殿にお祀りしたと伝えている。
当社は、古代から怡土郡の惣社(中世には怡土庄一の宮)と崇敬される神社で、三代実録には、いまから千百五年前の元慶元年九月二十五日発亥「正六位高礒比賣神に従五位下を授く」と記されている。
この高礒比売神とは高祖神社のことで、相殿に玉依姫命、息長足比売命をお祀りしてあるので、このように呼ばれたと語り伝えている。

明治五年十一月怡土郡郷社、大正四年十一月神饌幣帛料供進社、大正十五年六月二十九日県社昇格、昭和二十八年七月二十日、域外境内社としてクヌギ幸神社、庚申社、浦方天神社を含め宗教法人高祖神社を設立し、地元の人々の崇敬を集めている。
また境内神社として伊弉諾神社・思兼神社・農業、特に畜産農家の信仰厚い徳満神社の三社がある。
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2008年10月09日

梅安天満宮

福岡県中間市にある神社(天満宮)である。
境内は狭いが、ちょっとした高台にあるので眺めはよい。
境内の由緒説明板によると、文永年間に「太宰府の菅公」を勧請したもので、延享年間に惣社山より現在地より移されたものという。
この神社で特筆すべきは、「うそ替え神事」が行われることであろう。
7月24日の夏祭りに氏子による手作りの「木うそ」が授与され、その「木うそ」に書かれた番号によって抽選で賞品が当たる。
この点が、木うそを交換しあう太宰府天満宮のうそ替え神事や、前年買い求めた木うそを神前に納めて新しい木うそを買う亀戸天神社のうそ替え神事とは異なる。
このうそ替え神事にちなみ、本殿の前には一対の石造のうそが置かれているが、これは天満宮の中でも珍しいものである。
太宰府天満宮や亀戸天神社にもうその石像はあるが、いずれも単独である。
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